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尖閣諸島

尖閣諸島は、歴史的にも国際法上も「日本の国土」  日本政府は、堂々と主張すべきです。  糸島の風No.4

Img_20101126_4  尖閣諸島はどこにある?

 尖閣諸島は、沖縄宮古島の北にある小さな島です。古くから日本や中国にその存在は知られていましたが、どこの国の支配にも置かれていない国際法上、「無主の島」でした。

 1895年、日本が領有

 明治になってから、福岡の古賀辰四郎という人が、はじめてこの島々を探検。その後、日本政府が沖縄県を通じて現地調査を行い、1895年1月14日、閣議決定により、尖閣諸島を日本領に編入しました。
 古賀辰四郎は、4つの島々を無料で借り受け、30年間、アホウドリの羽毛の採取や鳥ふんの採掘などの事業を行い、「古賀村」が生まれました。
 大正期には、カツオ節の製造や海鳥のはく製の製造も行われ、200人近い人が住んでいました。

 戦後アメリカの支配下に・・・ 1972年に変換

 1945年の日本の敗戦で、尖閣諸島は、沖縄の一部としてアメリカの軍事支配下に置かれました。
 しかし1971年6月に、日米間で沖縄返還協定が調印され、1972年5月15日に、尖閣諸島は沖縄とともに、日本に返還されました。

 尖閣諸島は沖縄に付属せず、戦争で日本がうばったものではない

 中国は、尖閣諸島が台湾に付属する島々であって、日清戦争後の1895年に、日本が台湾といっしょに中国から奪った土地だと主張しています。しかし、それは事実と違います。
 尖閣諸島が日本の領土になったのは、1895年1月14日です。一方、日清戦争後、日本が台湾を中国から不当にうばった講和条約の交渉が開始されたのは、その2ヶ月後の3月20日です。
 尖閣諸島は、侵略で日本が台湾を奪う前に、正当に取得していた島々で、中国が主張している「侵略による奪取」とは違います。

 75年間、異議をとなえず 国際法上、日本の領有は明白

 1895年1月14日に、日本が領有宣言をして以来、中国側は、75年間、一度も異議も抗議もとなえてきませんでした。このことは日本の領有が国際法上、正当である決定的な論拠のひとつです。

 戦後の25年間も、異議をとなえてこなかった

 第二次世界大戦後も、中国は25年間、尖閣諸島について、日本に異議も抗議もしていません。
 中国が尖閣諸島の領有を初めて主張したのは1970年になってからです。国連アジア極東経済委員会は、69年に尖閣諸島のある東シナ海から黄海について、「石油、天然ガスの海底資源」が豊かに存在する可能性を指摘しました。

 冷静で平和的な解決を

 この間、両国間の観光や文化交流が中止になったのは残念なことです。広州の日本領事館にビール瓶がなげこまれたり、福岡では中国人観光客の乗ったバスが、右翼の街宣車に取り囲まれたりするなどの事件が起こりました。これらの暴力行為は、絶対に許されず、両国の関係を悪化させるだけです。
 日本政府は、長年にわたって明確な形で日本の領有権をはっきりと主張せず、本腰を入れて政治的・外交的な対応を取ってきませんでした。いま大事なことは、日本政府が尖閣諸島の領有の歴史的事実、国際法上の正当性を、国際社会および中国政府にたいして、堂々と主張することです。
 現代社会は、戦前の軍事力による侵略の時代ではなく、国際世論が国際政治を動かす時代です。意見の違いや行き違いがおこっても、冷静で道理ある対応、話し合いによる平和的な解決が、求められています。

 

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